ミスディレクション~目で見て得られるもの~
人は何か情報を得る時に何を頼りにするだろう?
インターネット,テレビ,書籍などの媒体の話ではない.
これは人間の五感の話だ.
視覚,聴覚,触覚,嗅覚,味覚
間違いない,まずは「視覚」から人は情報を得る傾向にある.
根拠を示そう.
割合で言えば視覚87%,聴覚7%,触覚3%,嗅覚2%,味覚1%だという調査結果も出てるぐらいだ.
ではナンパする女性は何の情報で選ぶ?
もちろん視覚から.
要するに見た目,容姿から声をかける女性を選ぶ.
これは仕方のないことであり当たり前のこと.
某日,僕はストリートナンパに出た.
隣には仲間がいる.
最高の仲間だ.普段あまり感謝の言葉はかけられていないが...
この日は平日にも関わらず人がいつもより多い気がした.
時刻はPM19:30.
さぁ,爽風のごとく声をかけていこう.
声かけして適当に何人かと和む.
いつもと変わらない夜.
こんな夜をもう何日も過ごしている.
ストリートにボケっと突っ立ていると綺麗な女性が視界に入った.
とっさに声かけをしようと決意.
前から?後ろから?
そんなのどうでもいい.
「話しかける」
この行為自体を満たせばいい.
僕は前からその女性に声をかけた.
「こんばんは」
「大丈夫です」
「あー,びっくりした?キャッチとかじゃないよ」
「急いでるんで」
「へぇ~急いでるんや.まさかコンビニ強盗でもしてきたんですか??」
彼女は微笑んでオープンした.
その瞬間目と目が合う.
彼女はファッション雑誌からそのまま出てきたような清純派アイドルみたいな顔をしていた.
率直に言ってとても可愛い.
声をかけて良かった.
「もう帰りですか?」
「いいえ,少しお買いものをしようと思って」
目の前にはちょっとした複合施設.
おそらくここで買い物をするのであろう.
店に入られてしまう前に彼女の足を止めないと...
「ちょっと待って!」
「なんですか?」
「5分頂戴!人生の5分おれにくれへん?」
明らかに怪しい.
でも彼女は笑っている.
そして立ち止まる.
すぐ近くに花壇があってそこに僕は腰をかけた.
彼女はなぜか隣に座るのを拒み,僕の目の前に立った.
「はぁ,あんまり可愛い顔してるもんやから目の前立たれると緊張するわ.緊張しすぎて心臓が16ビート刻んでるぐらいやで!」
「何それー??32ビートにして!!」
こんな導入で自己開示して,とりあえず和む.
彼女は20歳ぐらいの女の子だった.
彼女と5分ほど話す.
彼女は自分が可愛いことを知っている気がする.
でもなんとなく押しに弱そうなことろがある気がする.
カラオケ打診か?
とりあえず1軒飲み屋を挟むか?
いつも通りの思考回路.
あと,5分だ!
あと5分和むべきだ.
言葉の引出しの鍵を開ける.
過去の成功体験が刻まれた脳のファイルをかき集める.
そして即興で口説き文句を交えつつ彼女と話す.
雰囲気は悪くない.
むしろ良い.
5分経って打診をしようとする一歩手前で...
「てか,他にもいっぱい女の子いるじゃん!ほらあの子とか!」
可愛いなんて言葉を言いすぎたか?
早くも口説こうとしているのがばれていた.
でも大丈夫.
こんなセリフ何回も浴びてきた.
君じゃないといけない理由を述べる.
他の女の子にはない特徴を見つけてそれに熱量を加えて真剣に伝える.
ただそれだけのこと.
彼女にしかない特徴を述べる.
彼女は満足げに微笑んで僕の隣に座った.
改めて彼女を見ると...
風になびく綺麗な黒髪,大きな瞳,透き通った肌,美人限定の花柄のワンピース.
魅了???
もうとっくにされてる.
飲みの打診をする.
断られる.
「だめ.行かないよ!」
「どうして?」
「なんかやだから」
「えー」
「私見た目の割に性格きついよ?見た目に騙されてるよ??」
どういう意味だ?
偏見ではあるが確かに清純派の女の子の方が時に冷酷であったりする.
笑って連絡先を交換してすぐにブロックするイメージだ.
でも「騙されてる」ってのは正直分からない
逆にそれを自分で言っちゃうあたりなんかもなかなか可愛いものだ.
よし,ここはひとまず彼女の好きなタイプを伺おう.
「どういう人が好きなの?」
「んーー.可愛い人!」
「あー,なるほどね!中性的な感じだ!」
「それとはまた違って,なんか女の子みたいなのが好き!」
返答に困る.
まあ,たまに女の子が好きな女の子にも出会う.
一瞬こんな予感がよぎる.
「え,レズなの?」
「どっちもいけるみたいな!」
この時違和感を感じた.
言葉では表現できないような現場の空気感のようなもの.
レズとかじゃなくてなんかもっと奥深い部分で違和感を感じた.
よく見れば時折寂しそうな目をする.
彼女の中に何かがある.
僕は直感でそれを理解した.
最近の僕は正直ナンパに嫌気が差している.
なんでかって?
今となっては街で声をかけて口説いてその日のうちにSEXするという行為に新鮮味を感じなくなってきたからだ.
もちろん坊主の日も含めて.
そりゃ美人は抱きたい.
美人は3日で飽きるなんて言われるが,その日のうちに抱いてしまえば飽きる前に別れが来る.
でもいつも美人が抱けるわけではない.
ナンパがもはや日常生活の一部になっているのか?
歯を磨いたり,風呂に入ったりする感覚に近いのかもしれない.
こんなことを頭の片隅で考えながら彼女と話す.
彼女に抱いた謎の違和感を探るべくトークを進める.
彼女は良く笑い,とてもいい雰囲気で話が出来ていた.
だが,打診を所々するが通らない.
「話してて楽しいけどだめなの」
「ほんまに誰でも良いわけじゃないねんで?」
「うん.それでもだめ.私じゃなくてもすぐ見つかるって!なんかモテそうじゃん!女の子捕まえるのも上手いと思うよ?ここまでの流れだって上手いと思ったよ!」
「それは素直にありがとう.もしかして...自分に自信ないん?」
「ないよ.もっと女の子らしい感性がほしいもん」
嘘だ.
自分に自信がないタイプではない.
でも確実に自信のない表情を見せる.
見た目ではない部分での自信の欠如?
そもそも女の子らしい感性ってなんだ?
少し大げさじゃないか?
しかし何か言いたそうで言わない雰囲気がある.
ここを見逃さない.
「わかった.おれの本音を言うね.正直出会ってすぐに君を抱きたいと思ったよ」
「うん」
「でもさ,そんなのはどうでもよくて,なんか話してて少し違和感を感じたからそれが気になってさ.何か抱え込んでそうな気がして...」
一瞬彼女の表情が曇る.
何かに迷っている.
「...そうだね.じゃあわかった.これを言ったらバイバイするからね!」
「うん」
「わたしね...今お金貯めてて,まだ手術とかは出来ないんだけど...」
「待って.もしかして??」
「うん.もうわかったでしょ?」
お金を貯めているということ.
手術をするということ.
そして女の子が好きということ.
これはどちらかと言うときっと憧れに近いもの.
欲しいと言っていた女の子らしい感性.
女の子として自信がないということ.
初めに言った騙されているという言葉.
これらが全て繋ぎ合わさっていく.
まるでドミノが倒れていくように思考が流れる.
違和感がなくなる.
彼女は男だった.
この表現は彼女へのリスペクトに欠ける.
正確には「生物学的に」男だった.
ミスディレクション.
視覚を頼りに見たものは思わぬ方向にあった.
不思議と驚きはなかった.
そしてなぜか少しの安心感を感じた.
見た目は完全に女の子.
徹底して女磨きをしている感じもした.
正直その辺の女の子よりも女の子らしかった.
性別を通り越しても彼女と話していたかったんだろう.
それぐらい居心地が良かった.
なんだかんだバイバイせずにそこからはお互い腹を割って話した.
性の転換に目覚めた話もしてくれた.
僕は身体を抱けない代わりに心を抱いた.
ナンパの話もした.
さっき後ろ姿が美人な金髪の女性に声をかけたら40代のタイ人のあばちゃんだったことなんかを話すと笑って聞いてくれた.
なんかもう今日はナンパ師でいたくなかったんだろう.
そして同時に自分がナンパ師であることに若干の恐怖を覚えた.
出会って1時間ほどで彼女からここまでの情報を聞き出したことも.
前にTwitterで「魅了」と「洗脳」は紙一重とつぶやいた.
昔友人から「おまえは人を洗脳する」と言われたこともあった.
前に即った女の子には「宗教教祖になれるんじゃない?」とも言われた.
実際,女の子を魅了したいがために話しこんでいくうちに崇拝されどういう訳か分からないが財布に入った全額とキャッシュカードを差し出しだされたこともあった.
もちろん受け取らなかったが.
きっと即日SEXのナンパに綺麗事は必要ないんだろう.
泥臭く声をかけまくって口説いての繰り返し.
そして何より大事なのが悪者になりきること.
抱いたら可哀想だとか虚しいだとかそんなのは考えずに振り切ること.
まあ,僕はなかなか振り切れずにいるんだけど.
ただ,出会ってすぐに女性を抱こうと会話していると,女性を人間として見れなくなっていく.
興味は持つ.
でもその興味はあくまで即までのプロセスの一部でしかない.
心の奥底から興味をもつわけではない.
人間と話していないような錯覚すら覚えることも...
ナンパに嫌気が差していた根幹はここにあったのだろうか?
純粋に人との会話を楽しみたい.
人間として一人の男として女性にちゃんと興味を持ちたい.
吐き出しようのない感情だけがどんどん積もっていた.
最近は特に即れないとわかった女性とは途端に話が出来なくなっていた..
心の中では即られる女性に対してそんなに簡単に股を開かないでくれなんて思ったこともある.
今回出会った彼女は特別だった.
久しぶりに純粋に興味を持てた.
即れないと分かった上でも話が出来た.
まだ男としての感性も備えてるからこういう悩みに親身になってくれた.
正直安心した.
今日はあの手この手使って口説かかなくてもいいんだって思ったら一気に背負っていた負荷がなくなり楽になれた.
彼女と出会ってそれらに気付かされた.
彼女とは「ナンパ師」としてじゃなく「一人の男」として話ができた気がする.
「何か将来やりたいことないの?」
「事実をもとに素敵な女性との物語を小説にでもしたいよ」
「なにそれ.でも,今日みたいなナンパなら良いなって思ったよ.出会ってすぐSEXするだけのナンパなんて成長しないと思うけど」
「君の言う通りやわ」
「でも声かけてくれてありがとう.最後まで女の子として見てくれてありがとう.嬉しかった」
複雑な気持ちに整理がつかなかったが,今日「は」ナンパ師を辞めるというのを落とし所にした.
きっと明日からはまたナンパ師として生きていくんだろう.
そして即を狙う日はとことん悪者になるという覚悟も出来た.
彼女を駅の改札まで送った.
「また会える気がする」
「無理やって.連絡先も知らんねんで?」
「それでも会える!」
「...せやな!気をつけて帰れよな!」
「ありがとう」
あえて連絡先は交換しなかった.
また会えるという言葉に不思議と嘘が感じられなかったからだ.
ストリートの出会いは無限大だ.
同じ空の下,またきっと彼女に会えるはず.